奥州市の人はあったかいですよね。そんな魅力ある街で自信を持っていいものを提案していく、それが私に出来ることだと思います。

取材・文: 奥州NAVI編集部 加藤里佳 ポートレート写真: 奥州NAVI編集部 村上由


ー奥州市水沢区にアトリエ兼ショールーム“crealce”を構えている下川原学さんに、ジュエリー作家としてのこれまでの経緯や、奥州市について思うこと、そして7月に行われるイベントについてお話を伺いました。
ージュエリー作家として、この道に進むキッカケについて教えてください。
昔から物づくりの職人に憧れていました。そんな時、たまたま見た本の「ジュエリー制作」というものに引っかかって。
よくよくジュエリーについて考えてみたら一生ものだし、一人で作り出せるものだと。例えば大工だと共同作業になるので、そうじゃなくて一人で最初から最後まで作り出せるということにも惹かれました。
あとジュエリーは、ファッションだけでなくて特別なものですよね。特に人生の節目に登場してくるので、「あぁ、そんな素敵なものを作れたらいいな」と思ったのがきっかけですね。
私自身は着けるのが特別好きというわけではないのですが、着けている方の姿を見たりするのが楽しかったり、贈り物として贈ったり、贈られたりという話を聞くのが好きなのです。
ージュエリーの技術はどこで身につけられたのですか?
私自身は高校生まで雫石町に住んでいました。
卒業と同時に東京のジュエリーの専門学校に行き、二年制だったのですが物足りず、もう1年研修生として残ったのでトータルで3年勉強しました。研修生の1年間は、自分の研究テーマを研究しながら仲間と展示会をしたり、先生のアシスタントとして授業の手伝いをしていました。
ー卒業後はジュエリーではなく、金工伝統工芸師のもとで修行したのは?
帯留めやかんざしなどは、西洋のジュエリーとは違うのですが、金属を加工するという観点ではすごく共通している部分が多いのです。日本は着物の文化で、ジュエリーが出てきてからまだ100年足らずで歴史がまだ浅いのですが、せっかくだから日本の装身具も勉強したいなと思って、1年間東京で師匠について勉強しました。
師匠がつくったものや、昔の素晴らしいアンティークの帯留めやかんざしを間近で見ることが出来て良かったです。
実際、どの分野でもそうだと思うのですが、いいものを見るというのは勉強になると思います。自分の目指すところが明確になりますよね。そこで自分の実力が把握できますし、そういうのがすごく良かったです。
ーその後は東京都内のアンティークショップに就職したのですね。
はい。私はアンティークの修理・修復を中心にやらせてもらいました。
他にはアンティークのものに似せて新しく作り出すというのもやっていました。たまにお客さんが、写真を持ってきて「これと同じのを作ってくれ」と言われるので、そのときはゼロから作り出していましたね。めちゃめちゃ大変でしたけど(笑)
アンティークの品はだいたい100年から300年前の西洋の物が中心で、その時代のジュエリーは一般市民向けではなく、特別な貴族などの人向けに作られているので、すごいクオリティが高い。そういったものを修理修復するのは大変でした。自分の技術も就職した当時は低いですし、それが難しかったです。
ー日々、自分のレベルを試されている状況みたいな感じですか?
そうですね。怖かったです。一作業一作業の確認を頭の中で何回もしつつ。
例えば、ヤスリで削る作業ですよね。本当に削っていいのか、どのくらい削るのか。頭の中で何回もシミュレーションして決めて、作業に移るというのを一回ずつ。なぜかというと取り返しのつかないものなので。
「人の命を扱うのと同じような感覚で作業しろ」と、社長から言われていました。すごく大変でしたけど、すごく勉強になりました。
いいものも多く見られましたし、自分の手で当時と同じようなものを作り出せた時は感動しました。
ーそして5年間勤められた会社を退社し、ジュエリーの本場イタリアに渡るわけですね。
はい。実は専門学生時代に、夏休みを利用して1ヶ月間イタリアのジュエリー学校に短期留学していまして。
街並みがすごくきれいなイタリアのフィレンツェで、学校も雰囲気があり、日本の制作現場や工房とは違いました。
使っている道具や作業机も違ったので結構衝撃を受けましたね。
そこで作り出される伝統技法を用いた彫刻細工や透かし細工は、日本では見られないもので感動しました。
実は卒業したらイタリアに渡りたいなって思っていたのです。けれど当時はお金も実績もないし、一度は諦めたのですが、就職した会社の中でもやっぱり5年間頭から離れなくて、渡った感じでした。
ーイタリアには2008年から2012年までの5年間滞在されていました。
はじめは1年の計画で、向こうのジュエリー学校に入るために行きました。
仕事もしたいと思っていたので長く滞在していると当初の自己資金も無くなってくるので、すごく焦りながら仕事を探していました。
やはりアジア人ということでヨーロッパでは下に見られて。けれど自分が作った作品とか見せると、すぐ謝って認めてくれました(笑)。そこで「いいものは世界共通」だと思いました。特に向こうの人は素直に認めてくれますよね。
2010年からは通っていた学校で講師として雇ってもらっていました。
めったにアジア人の講師なんか雇わないのですが、実力を認めてもらえたみたいで。でも学生達も、日本人の僕が先生だっていうとびっくりしていました。「先生どこ?」って私に聞いてきたり(笑)
ー下川原さんが感じたイタリアの魅力とは?
街には美しい芸術が様々あって『美しい』ということが優先され、芸術的というか単調なのは好まないですね。物でも生活でも。
それぞれ国や人の性格が違うからこそ、生まれるジュエリーも違っているのだなと思いますが、国によってカラーがでているなと思います。
イタリアの学校では、海外からも生徒が集まってきて、オープンな雰囲気でした。学校のスタイルも技術や伝統を隠さず伝えていくというスタイルがいいなと思いました。
ーイタリアで印象的な出会いはありましたか?
はい。イタリアのジュエリー業界は、作り出されるものが色々あって、本気のハイクラスのものを作っている人もいれば、観光客向けのちょっとチープなものを作っている人もいたりだとか、職人も様々でした。
その中でレベルの高い飛び抜けた職人っていうのがたまにいて、そのような人なんかは素晴らしくて。
私がついた師匠なんかはそんな感じでしたね。
ジュエリー制作の分業制が主流にもかかわらず、全ての作業をやるし、絵も描くし、という人で、私自身もジュエリー制作するからには、全ての作業をやりたいなと。やれてこそ初めてジュエリー職人といえるんじゃないかなっていう思いがあって勉強していたので、すごくいい出会いでした。
ーイタリアでの充実した毎日に終止符を打って日本に帰ってきたキッカケは?
イタリアではすごくインプットすることが出来たのですが、アウトプットするにはどこに身を置いてやるのがより良いのかと考えたら、自分の生まれ育った岩手県なのかなと思って。私がジュエリーを作るにあたり、モチーフにしているのが自然の植物や花だったりするので、自然豊かで落ち着いた環境で物づくりができるんじゃないかと思い帰ってきました。
たまたま妻が水沢の人だったので、結婚を機に水沢で暮らすことになりました。
ー水沢でアトリエ兼ショールーム“crealce”をオープンされました。
2014年なので3年目ですかね。奥州市、岩手県内、日本国内、あとは海外ですか、多くの人に知ってもらって身に着けてもらいたいなというのはあります。
今の時代で職人が一からデザインから制作まで手がけるというのは珍しいですし、お店と工房が併設しているので作っているところが見られることで安心して身に着けてほしいです。 やっぱりお客様に顔を知られているし、お話もさせてもらっているので、後々のアフターケアも安心してもらえるんじゃないかなというのはあります(笑)(チラッと隣にいるカメラマンの村上を見て)
ーどうですか?村上さん、指輪の使い心地は?(この日、カメラを担当していた村上は2015年に指輪を作っていただいています。)
村上:ものすごい安心感がありますね。使い続けていくうちに指輪の傷や輝きが一人一人違っていくこと。それが歴史なんだなと、そういうふうに教えていただいて、使い続ける幸せみたいなものを学さんから教えていただきましたね。
そして何より、誰に作ってもらったのかが重要なんですよね。高い技術を持った職人さんと関われるなんてスゴいことですよ!あとイタリアの話も普段滅多に聞くこと出来ないので、楽しいですね。
ー指輪も二人だけのものじゃなく、その幸せを見守ってくれる学さんの存在によって、さらに特別なものになりますね。
私も潜り込んで(笑)でもそういうのもいいなって思います。幸せを分けてもらうじゃないですけど。
本当にジュエリーって人生の節目節目に登場するので、そういう場に参加させてもらうのは大変光栄です。
ご注文いただいて制作させてもらってるにもかかわらず、お礼を言っていただき感謝されるという仕事はなかなかないので嬉しいです。次の代とかお子様が生まれたら、その方達とも関われることができたら最高ですね。
ー今度盛岡で行われるウェディングイベント『私のわがままウェディング』について教えてください。
7月16日、17日に、盛岡のクロステラスで「結婚式をオリジナリティ溢れたものに」というテーマでイベントを開催します。厳選された県内のウェディング関係のメンバーが集結します。クレアルチェでは婚約指輪・結婚指輪・アンティークウェディングドレスを展示します。
商業施設のイベント広場でやるので、これ目当てに来ていただく方はもちろん、たまたま通りすがりの方にも来ていただければと思っています。
ウェディングはもっと自由でいいんだよということを伝えられたらと思います。今までの日本の結婚式は選択肢が限られていたと思うので。イタリアや欧米の結婚式はレストランでカジュアルにあげる場合もすごく多いので、そんなお話などをすると皆さん興味深く聞いていただけます。その上で新郎新婦様に選択してもらえたらいいのではないかと思います。
今回はワークショップもやるので楽しんでもらえると思います。ミニリースとキャンドル作りです。あとは相談会ですね。普段は予約しないと相談できなかったりするのですが、期間中だと気軽にお話ができますのでぜひお越しください。
くわしくはこちら
ーでは最後に奥州生活3年の下川原さんが今、感じることはありますか?
人があったかいですよね。近いし。ほとんど顔見知りというか。東京だとそういうのはありえないんですけど。
そういうのはイタリアのフィレンツェに近いかもしれないですね。フィレンツェもフレンドリーな街なので。
その中にいいものがぎゅっと詰まっているのが魅力だと思います。
ーこれから奥州市がこうなっていったらいいなと思うことはありますか?
そうですね。より個人個人が自信を持っていいものを提案していけたら良いのではないかなと思うので個々が頑張って奥州市内、岩手県内、全国に提案できるものを打ち出していく。個人的にはそういうのに関わる人が集まりやすい市になっていったらいいなとは思います。
ーありがとうございました。
下川原さん主催の『私のわがままウエディング』、私は結婚する前にこんな素敵なイベントに出会いたかった!と本当に思いました。 これから結婚を考えている方がいらしたらぜひ、訪れてみてはいかがでしょうか?

今回のHUMAN NATURE人
crealce(クレアルチェ)
下川原 学
1980年5月22日生まれ
血液型:A型
趣味:公園めぐり、散歩、温泉

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